咲宮家族の日記帳

 今でも俺は自分の父親が嫌いで仕方がない。  幼い自分のワガママだと思われるだろうが、嫌いなままこの世を去ってしまった相手の印象が覆るなんで考えられないほど、本当に俺はあの父親と言う存在が嫌いだった。
それはきっと、これからも。ずっと。


遺伝的な気管支の病気と言うものが、将来的にも治る見込みがひどく薄く、それが俺に初めて贈られた父からの贈り物だと知った時…それが父を嫌う事になった最初のキッカケだった。


物心ついた頃から俺が覚えている限り、俺が運動をするのに時間と運動量の制限があった。

20分程度…がギリギリ範囲ではあったのだが、少しでもそれをオーバーすると陸の上だと言うのに、俺はまるで魚のように呼吸を奪われる。地面に這いつくばる惨めな姿をさらけ出さなければならなかった。

喘息で地面に這うたびに、自分の体とこの病の治る見込みのない運命を呪った。
そして、それは母と別れた後の父の暴力の矛先が俺達に…いや、律に向けられるようになってからは、呪詛の対象は父に向けられていた。

今思えば、あそこまで父を憎んでいたのは少し大袈裟だった気がする。いや、嫌いだが。でも呪ろうほどではなかったのではないかと思っている。ただ、病は心も蝕むので、あの頃の俺にはそれが異様だと言うのに俺自身微塵も気がつけなかったのだ。


父が死んだ後、母の再婚相手の咲宮の父に引き取られた。
そして数年ぶりに会った母が、俺を見ない理由はすぐに気が付いた。
自分に暴力を振るっていた男の面影がその頃既に俺にあったのだろう。今ではだいぶマシになったが、当時はまともに顔を見て話した記憶はない。

最初は自分を見ない母に苛立ちすら覚えていたが、…自己嫌悪に変わるのもそんなに時間はかからなかった。母が俺を見なかった理由に気が付いたのは、少しして会った父の知り合いに父に似ている事実を突き付けられたからだった。
けれど母が恐れていたのはきっと、見た目だけではなく、彼女も知らないうちに俺の本質に気がついていたのだろう。

あの男と同じく、俺も暴力に魅入られていた事実に。



病に心も蝕われていた当時の俺は、よく気分が悪くなると物に当たっていた。それが母を、そして律や奏を怖がらせていたのも知っていたのだが、どうしたらいいのか暫く分からずによく学校をさぼっていた。そんな時に、当時同じく学校をさぼっていた素行の悪い、今の友人達に出会った。

それから、彼らの喧嘩の手伝いで憂さ晴らしを始めたのだ。
家族に当たるのだけは、面影だけではなく、本当に律に暴力を振るっていた最悪の父親と同じところに堕ちる気がしてイヤだった。

父の暴力を俺の代わりに受けてくれていた律や、
俺達の居場所を作ってくれた奏を傷つけるくらいなら、
呼吸を求めて地上で溺れるような惨めな気持ちになるのなら、
ケンカで負けてボコボコに殴られら方が俺にとっては遥かにマシだったんだ。


だからケンカに明け暮れた。
自分の動ける時間は決まっているのと、妹たちに迷惑をかけたくなかったので、友人に売られたケンカを代わりに買っていた。友人が言うほど素行が悪かったワケではなかったのもあって、俺は比較的良好な憂さ晴らしをさせてもらっていたってワケだ。

それが、暴力によってしか自分を視認できない心の弱さであり、それが俺があの父親から贈られた二つ目の贈り物だったと知らずに。


灼滅者になってから、気管支の病はすっかり成りを潜めた。一応、主治医からはほぼ完治しているとは言われているが、念のため年に一回里帰りの時に経過観察の名目で会いには行っている。

先生は父の主治医でもあったので、俺を見るたびに「お父さんに似てきたね」としわがれた顔のシワをさらに深くして微笑む。当人に悪気はないので、俺も未だに苦笑しか返せないんだが…それが俺をあの父親と同じところに堕ちないように引きとどめてくれている気がしている。


父の事は相変わらずキライだ。
けど、あの人が時折暴力に逃げた理由は分からなくもない。心底不本意だが、俺も同じ道に逃げたから。

でも今はもう逃げていない。
俺の拳はあの父親と違って、正しく向ける先を見つけたから。
だから…キライなのだが、憎むのは止めた。
今の自分はキライではないからな。










響とその父親のお話でした。
何となく、響のルーツがスト外なのが分かってもらえたかな、と。

本当はケンカ好きなのに、そうじゃないようにしてるのも、律花や奏恵に心配かけたくないって言うのもあるからなんですが…武蔵坂に来てからは別に隠す必要なくなったと言うか（