咲宮家族の日記帳

―　東京都武蔵野市　9月中頃のお話





　春ちゃんの家にお部屋を借りて生活し出して２ヶ月。

９月も半ばになって、かなり涼しい。福岡だと天気によってはまだ半袖の人もいると思うんだけど、東京はそうでもなくて案外寒い。

そして今日も今日とて律花ちゃんが遊びにきてくれていた。
私の部屋で、来る途中に買ってきた雑誌を見て秋物を買い足すか、それとも冬物を買うかで話してたらベットの脇に置いてあった律花ちゃんの鞄から着メロが聞こえてくる。

 

「律花ちゃーん、携帯鳴ってるよー」

「あ。ありがとう。　…って、父さん？もしもし？どうしたの？」

 

　ズルズルと鞄から、上京祝いと言うか選別と言うかに買ってもらったらしいスマホを取り出しながら電話を取る律花ちゃん。電話の内容聞くのはわるいかなと思って居間でお茶でもしとこうかなと思ったんだけど、その相手の名前を聞いてついつい聞き返しちゃった。

 

「お父さん？」

 

　私の問いに『そう』と声にはせずに律花ちゃんが私を見て頷いた。

今日は土曜日だけど、私達のお父さんは劇場コンサ何とか言うのをやってて、仕事が忙しい時は土日関係なく仕事でいなかった。
逆に土曜よりも平日の夜の方が遭遇率が高かったような…とにかくそれくらい忙しそうだった。見た目は大きくて熊みたいなお父さんなんだけど、私がこっちに来る時に、わざわざお仕事休んで、小さくなって見えなくなるまで見送ってくれたのを思い出す。

ちょっとだけホームシックになりそうになった時に、お父さんと話してた律花ちゃんが急に不機嫌になる。

 

「…わざわざそれ言う為に電話したの？　叡のトコなら挨拶行ったわよ」

 

　律花ちゃんの口から出た『アキラ』って単語に首をひねる。
今まで聞いた律花ちゃんの友達に、そんな名前の人聞いた覚えがないなぁ。とか思いつつ、お菓子をぽりぽりと黙って食べる。

律花ちゃんとお父さん、仲が悪いワケじゃないんだけど、こう言う時は黙ってるに限るよね。お婆ちゃんにもそう言われてたし。
でも、律花ちゃんの態度は一向に改善しない。お父さん、本当に何話したんだろ。

 

「あー…はいはい。分かったわよ。行くわよ。そのお土産持ってもう一度行けばいいんでしょー。

　叡のお父様達は好きだからいいんだけど…って、はいはいはいはい。婚約者として粗相のないようにね、耳にタコができてますわよお父様」

 

　珍しく律花ちゃんがイライラしてる…！…って、え、今、婚約者って？

気になる単語に耳をダンボにしながらも、お菓子を食べる手は止まらない。と言うか、お菓子食べてないと平常心が保てないのですが！
私がそんな事になっているとはいざ知らず、律花ちゃんはイライラしながらお父さんと話してる。うん、怒ってる律花ちゃんレアです…ではなく。

 

「あーもう！分かったわよ！　ちゃんとご挨拶行ってくるから心配しないでって言ってるじゃない。

　はい！　もう切りますよー。切っちゃいますよー！奏恵には後で自分で電話しなさい！」

「―　あ、切った」

 

　目の前の携帯が思いっきりブツっと音をたてて切られたのを見て、つい声にしちゃったよ。

電話越しにお父さんがまだ何か言ってたのに律花ちゃん電話切っちゃった。…うわ。しかも律花ちゃん携帯の電源切った。これは相当怒ってるなぁ。

 

「り、律花ちゃん、お菓子食べる？」

 

とりあえず怒りを収めてもらわないと、私も巻き添えで怒られる。と思って律花ちゃんに賄賂を差し出す。

すると意外にも全然怒ってない…むしろ機嫌よさそうにお菓子を受け取ってくれた。

 

「ありがと。…どうしたの？そんなに怯えて。　奏恵には怒らないわよ？」

「だって、お父さんには思いっきり怒ってたし。携帯の電源切っちゃったし…」

「あれは煩すぎるの。　…まったく、自分の恩師なんだから自分で挨拶行けばいいのに。それに何よ。お土産くらい送ればいいじゃない。何で私の寮に送るのよ…お酒って重いじゃない…」

　ぶつぶつ文句を言いながら律花ちゃんはお菓子を食べる。
えっと、何だか色々聞き覚えのない言葉がぺろっと出てきたけど…状況が全然分からない。律花ちゃんの機嫌が悪くないみたいだから、この際聞いてみる事にした。
 

「『おんし』？　アキラって人が『おんし』ってやつなの？？それに律花ちゃん、婚約者って…」

「…言ってなかったっけ？」

「初耳です、お姉さま」

 

　私の言葉に律花ちゃんが思いっきりしまったーって顔する。
…聞いちゃ悪い事だったのかな？と不安が過ったのが思いっきり顔に出ちゃったみたい。私の頭を律花ちゃんが撫でる。…春ちゃんといい、律花ちゃんといい、なんで私の頭撫でるの好きなんだろ。嫌いじゃないからいいけど。

 

「別に隠してたワケじゃないのよ。だからそんな顔しないの。　えっとね　―」

 

さっきとは別の角度に首を傾げた私を見て、律花ちゃんが簡単に事の成り行きを説明してくれた。

 

アキラ　―　叡ちゃんって人はお父さんがお世話になった人のお孫さんで、律花ちゃんと同じ歳の人。
で、何か色々あって（この辺、律花ちゃんもよく知らないらしいし、知ってる箇所も説明省略された）同じ歳同士なら婚約を。って話に本人達そっちのけで話が決まったらしい。
 

で、お互いの事は嫌いじゃないけど、勝手にそんな事決められて迷惑なのがその叡ちゃんと律花ちゃん。
婚約者としてはお互い反対らしいんだけど、普通に仲がいいんだって。律花ちゃんが叡ちゃんの事を親友って言うくらいには。…律花ちゃんのもう一人の親友の春ちゃんとは違うタイプなのかな？気になるトコです。
しかもお互い何の縁なのか武蔵坂学園に転入したから、お父さんが叡お兄ちゃんのお爺ちゃん、つまりお父さんのお世話になった人に律花ちゃんに挨拶に行けって言ったらしい。

律花ちゃんはこっちに来てすぐくらいに電話で連絡して既に会いに行ってるのに、お父さんが福岡のお酒とかお土産になる物を律花ちゃんの寮に送ったから持って行けって言ったのが律花ちゃんを苛立たせたみたい。
…よりによってお酒（しかも瓶に入った日本酒）って、また重い物送るから怒らせるんだって、お父さん…。
 

で、話を戻すけど。叡ちゃんのご自宅は、何とかの噂に聞く銀座。
…私、新宿で迷子になってから、春ちゃんに一人で行くなって禁止令くらってるから、まだ新宿より先に出かけた事ないんだよね…行きたいなぁ。
―　と言う話をざっと律花ちゃんから教えてもらった。

 

「叡のお家は歌舞伎の家系でね。叡は女形…主に女性を演じる家柄だから、とっても美人さんなのよ。奏恵にも今度会わせて………奏恵、もしかして行きたい？」
「え！？　わ、か、顔に出てた！？」
「ええ。思いっきり『行きたいなー』って顔してたわ」

 

　思いっきり私が行きたい顔してたのか、律花ちゃんが苦笑してそう聞いてくる。

そ、そんなに行きたそうな顔してたかな！？と慌てて顔を無駄に引き締めてみるも時既に遅し。私の顔を見て楽しそうに律花ちゃんが笑うから、諦めて挙手して宣誓した。

 

「いい子にしてるから行きたいです！」

 

　銀座と言えば、ほら、お高い町ってイメージが！キラキラした町って感じだから、ぜひとも行ってみたい！と目をキラキラと輝かせてみると、律花ちゃんが仕方ないなぁって、でも案外悪い気はしてないような顔する。これはもしや？

 

「じゃあ、叡に連絡してみるわ。　その変わりいい子にするのよ？」

「ぶーぶー。もう、正座もできない小学生じゃないもん！」

 

　そう言って正座すると、律花ちゃんがぷっと噴出してクスクス笑いだした。よし、いい感じの掴み！

 

「はいはい。　じゃあ、日にち決めたら連絡するわ。とりあえず、それまでに服買いに行きましょうか」

「わーい、律花ちゃん大好き！」

　そんなワケで、姉妹で銀座デートが決定になりました。
叡ちゃんって人に会えるのも楽しみだなぁ。………って、そう言えば、武蔵坂にいるって事は殲滅者なのかな？今度律花ちゃんに改めて聞いてみよう。






　　　　　　　　　　　　と言うワケで、律花の婚約者の叡くんとのちょっとしたお話を。
　　　　　　　　　　　　ちなみに奏恵が叡くんの事知らなかったのは、奏恵は小学校の時は今以上に
　　　　　　　　　　　　子犬みたいで、じっと出来ないと言う理由から、恩師の前で粗相をするのを
　　　　　　　　　　　　恐れた咲宮父が合せていない。と言う裏設定がありまする。
　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　お名前をお借りした叡くんとその背後さんには感謝を。
　　　　　　　　　　　　こんな娘達ですけどよろしくお願いしますね！
　　　　　　　　　　　　＆続きは遠くない内にでもと思ってます。