咲宮家族の日記帳
※TW4、サイキックハーツと言う単語に聞き覚えのない方はUターンぷりーず※
朱の空に堕つ ― 扉
恐らく時系列的に7月第1週の木・金曜日くらいかと。
『朱の空に堕つ』の『陽炎』→『彷徨』→『滲む音』の続きのお話です。
『朱の空に堕つ』の『陽炎』→『彷徨』→『滲む音』の続きのお話です。
◆◆◆
思えば、すべてあの男が原因だったのだ
あの男が何者なのか、誰も知らない。
そして舞台が東の都に移った今も、舞台上の役者達は誰もその名を知らない。
彼がソロモンの悪魔と呼ばれる存在の一人だと言うことを。
だか、あの男の名前を知る時、きっと双子はその手に武器を持ち、復讐を遂げようとする。
しかし、末の妹はどうなるだろうか。
あの悪夢のような日を思い出して、心が闇に堕ちずに留まることが出来るだろうか。
あんなに暑くて寒い日を、私は知らない。
咲宮律花はあの日を思い出すと、必ずしもそう述べる。7月、まだ二週目にも入らない、初夏と呼ぶにふさわしい、あの暑い日に事件は起こった。
いや、バベルの鎖の影響で、事の始終を鮮明に覚えているのは被害者の兄妹の三人だけ。つまり、この事件は三人の記憶にだけ留められた真実だった。
「ただーいまー。あっつーい!」
日に焼けて、赤く爛れているのではと思わせるほどに熱くなっている靴を雑に脱ぎ捨て、奏恵は居間へとぱたぱたと歩く。
今日は一学期の期末考査も終わっていたので、昼までの授業。
友達と学校でお喋りしていたのだが、さすがに空腹に負けて帰ってきたのだった。
お小遣いがもっと多ければ、お昼を外で食べると言うリッチな事も出来るのだが、欲しいものが多い女の子にはその金額すらも惜しい。
しかも、まだ中学に入ったばかりだと買い食いをして帰ると言う、規則違反はほんのちょっと勇気がいる行為。夏の暑さにその勇気を絞る労力よりも、家に帰って涼しい冷房の中で準備されたご飯を食べると言う行為の方が楽だったのは否めない。
が、奏恵の期待は見事に裏切られた。
「お爺ちゃーん?お婆ちゃーん?」
返ってくる言葉がないのに首を傾げながら奏恵が居間に入ると、そこには冷房は着いていたが人影はなく、机の上に一枚のメモが陣取っていた。
『響の発作が出たので、病院に連れていってきます。お昼ご飯は冷蔵庫に冷やし中華があるから、それを食べてください。昼過ぎには帰れると思います』
なめらかな字のメモにはそう書いてあった。この読みやすい字は祖母のものだ。その証拠に一番最後に『アイスはおやつよ』と一筆添えてあった。
祖母が同行したと言うことは、だいぶ酷いらしい。心配になって、つい手に力をこめてしまってメモがほんの少し折れ曲がる。
それの気がついて慌ててメモを伸ばそうとして、ふと気がつく。
『ごめんな』
たった一言。その口調、震える筆跡からして、恐らく兄の響のものだ。
何に対して謝っているのか明確ではないが、たぶんあの兄の事だ。祖母まで連れたってしまった事を詫びているのだろう。
兄は、奏恵が誰も待ってくれていない、一人の家に帰るのが恐いのを知っていたのだ。
発作で息もしづらいだろうに、わざわざ一言添えてくれていた兄の一言に奏恵はじんわりと目頭が熱くなった。
響には粘土銀で作ったバンクル、律花には青いブレスレットを、ありったけの願いを込めて贈ったのだが、響の体調は年々悪くなるばかり。
祖母は病魔は強い悪魔だから、奏恵の魔法だけでは治せないと言ってくれたが、やはり自分の魔法はちっとも効かないのが悔しかった。
その時、チラリと奏恵の心に刺さった刺が傷んだ。
《青い本を探せば君の願いは叶う》
あの、見ず知らずの男の言葉。
あれから奏恵はどうやって男と別れたのか記憶がないのだ。気がついたら、自分一人で取り残されていた。自分の足元に伸びる影の長さは変わっておらず、あの出来事は陽炎だったのではないかと思えた。
あの男が言うことが嘘か本当かは奏恵には分からない。
嘘だと笑い飛ばせれば、どんなによかっただろう。だが、祖父の収集品は曰く付きの物ばかり。彼の言う青い本もあるかもしれない。
そう考えた奏恵の足は自然と祖父の部屋へと向かい、その戸のノブに手をかける。
普段ならば鍵がかかっており、それならば諦めもついたのに。
異様な程に静かな家の中に蝶番が微かな声で鳴く。薄暗かったりするのかと思われた部屋はカーテンが開けてあり、明るい。しかし、冷房が入っていない筈なのに何となく肌寒さすら感じる。
「青い、本…」
鍵は開いていたのだ。今日に限って。
呟いた奏恵の視線は、書斎の本棚に向けられた。一通り見る限り、青い背表紙の本はなかった。普段ならばここで諦めるのが普通だろうが、奏恵の視線は一冊の本に向けられていた。
彼女には分かってしまったのだ。青い背表紙の本は、古ぼけたケースに厳重に仕舞われていた事を。
「…また会ったわね」
自分の進路に立つ獣に、律花はそう口にした。
目の前の道に立ち塞がるのは、先日律花の前に現れた炎を纏った獣。
今日は先日のように問答無用で襲いかかってくる様子がない。それが律花に虚勢を張る余裕をくれていた。
「あなたは何?なんで私の目の前に現れるの?」
今日はこの前の道と違い、自宅のマンションが見える位置だ。
同じ道に現れるのであれば、前回の事は偶然だったと考えただろう。しかし、獣はこうして目の前にいる。つまり獣は意図して律花の目の前に現れていると言うことだ。
前回の事から、言葉が通じるとは思ってはいなかった。しかしナゼ、と問わずにはいられなかったのだ。
急に襲ってこないだけマシなのだろうが、会話が成り立たないのに獣が何もしてこない事が不可解でしょうがない。獣がどうして自分を襲ってきたのかも分からなければ、今、何を望んでここにいるかも分からないのだ。
現状に戸惑う律花の心象を知らないのだろう。獣はじっと彼女を見ていた ー のだが、急に何かに気がついたように低く構えていた頭を探るように持ち上げる。
「何を ー」
続ける言葉に迷った律花の視線の先で、獣はある方向へと視点を定めた。
「まさか…、待って!」
ある方向へと今にも走り出そうとする獣を慌てて呼び止めようとする。
獣の視線の先には、自宅のあるマンションがあった。
理由は分からない。でも感覚が、一瞬過った不安を肯定する。
あの獣は律花の自宅に向かおうとしているのだ。
今朝の出来事がフラッシュバックする。今日も体調が優れなかった響は学校を休んだ筈だ。両親は相変わらず仕事だが、祖父母も目立った外出はないと言っていた。
そして、妹の奏恵は今日は午前中までだと楽しげに話していたのを思い出す。
朝、楽しげに話していた家族の映像に映画のような惨劇のシーンが重なり、一瞬で消える。あの鋭い爪で、牙で獣は家族を引き裂こうとしているのだと、本能が告げる。
こんなにも暑い日だと言うのに、顔を真っ青にした律花の目の前で、彼女の無力さを嘲笑うかのように獣は自宅の方へと走って行く。
四足獣に速さで敵うわけもないのだが、気がつけば律花は自宅へと走り出していた。
思えば、すべてあの男が原因だったのだ
あの男が何者なのか、誰も知らない。
そして舞台が東の都に移った今も、舞台上の役者達は誰もその名を知らない。
彼がソロモンの悪魔と呼ばれる存在の一人だと言うことを。
だか、あの男の名前を知る時、きっと双子はその手に武器を持ち、復讐を遂げようとする。
しかし、末の妹はどうなるだろうか。
あの悪夢のような日を思い出して、心が闇に堕ちずに留まることが出来るだろうか。
あんなに暑くて寒い日を、私は知らない。
咲宮律花はあの日を思い出すと、必ずしもそう述べる。7月、まだ二週目にも入らない、初夏と呼ぶにふさわしい、あの暑い日に事件は起こった。
いや、バベルの鎖の影響で、事の始終を鮮明に覚えているのは被害者の兄妹の三人だけ。つまり、この事件は三人の記憶にだけ留められた真実だった。
「ただーいまー。あっつーい!」
日に焼けて、赤く爛れているのではと思わせるほどに熱くなっている靴を雑に脱ぎ捨て、奏恵は居間へとぱたぱたと歩く。
今日は一学期の期末考査も終わっていたので、昼までの授業。
友達と学校でお喋りしていたのだが、さすがに空腹に負けて帰ってきたのだった。
お小遣いがもっと多ければ、お昼を外で食べると言うリッチな事も出来るのだが、欲しいものが多い女の子にはその金額すらも惜しい。
しかも、まだ中学に入ったばかりだと買い食いをして帰ると言う、規則違反はほんのちょっと勇気がいる行為。夏の暑さにその勇気を絞る労力よりも、家に帰って涼しい冷房の中で準備されたご飯を食べると言う行為の方が楽だったのは否めない。
が、奏恵の期待は見事に裏切られた。
「お爺ちゃーん?お婆ちゃーん?」
返ってくる言葉がないのに首を傾げながら奏恵が居間に入ると、そこには冷房は着いていたが人影はなく、机の上に一枚のメモが陣取っていた。
『響の発作が出たので、病院に連れていってきます。お昼ご飯は冷蔵庫に冷やし中華があるから、それを食べてください。昼過ぎには帰れると思います』
なめらかな字のメモにはそう書いてあった。この読みやすい字は祖母のものだ。その証拠に一番最後に『アイスはおやつよ』と一筆添えてあった。
祖母が同行したと言うことは、だいぶ酷いらしい。心配になって、つい手に力をこめてしまってメモがほんの少し折れ曲がる。
それの気がついて慌ててメモを伸ばそうとして、ふと気がつく。
『ごめんな』
たった一言。その口調、震える筆跡からして、恐らく兄の響のものだ。
何に対して謝っているのか明確ではないが、たぶんあの兄の事だ。祖母まで連れたってしまった事を詫びているのだろう。
兄は、奏恵が誰も待ってくれていない、一人の家に帰るのが恐いのを知っていたのだ。
発作で息もしづらいだろうに、わざわざ一言添えてくれていた兄の一言に奏恵はじんわりと目頭が熱くなった。
響には粘土銀で作ったバンクル、律花には青いブレスレットを、ありったけの願いを込めて贈ったのだが、響の体調は年々悪くなるばかり。
祖母は病魔は強い悪魔だから、奏恵の魔法だけでは治せないと言ってくれたが、やはり自分の魔法はちっとも効かないのが悔しかった。
その時、チラリと奏恵の心に刺さった刺が傷んだ。
《青い本を探せば君の願いは叶う》
あの、見ず知らずの男の言葉。
あれから奏恵はどうやって男と別れたのか記憶がないのだ。気がついたら、自分一人で取り残されていた。自分の足元に伸びる影の長さは変わっておらず、あの出来事は陽炎だったのではないかと思えた。
あの男が言うことが嘘か本当かは奏恵には分からない。
嘘だと笑い飛ばせれば、どんなによかっただろう。だが、祖父の収集品は曰く付きの物ばかり。彼の言う青い本もあるかもしれない。
そう考えた奏恵の足は自然と祖父の部屋へと向かい、その戸のノブに手をかける。
普段ならば鍵がかかっており、それならば諦めもついたのに。
異様な程に静かな家の中に蝶番が微かな声で鳴く。薄暗かったりするのかと思われた部屋はカーテンが開けてあり、明るい。しかし、冷房が入っていない筈なのに何となく肌寒さすら感じる。
「青い、本…」
鍵は開いていたのだ。今日に限って。
呟いた奏恵の視線は、書斎の本棚に向けられた。一通り見る限り、青い背表紙の本はなかった。普段ならばここで諦めるのが普通だろうが、奏恵の視線は一冊の本に向けられていた。
彼女には分かってしまったのだ。青い背表紙の本は、古ぼけたケースに厳重に仕舞われていた事を。
「…また会ったわね」
自分の進路に立つ獣に、律花はそう口にした。
目の前の道に立ち塞がるのは、先日律花の前に現れた炎を纏った獣。
今日は先日のように問答無用で襲いかかってくる様子がない。それが律花に虚勢を張る余裕をくれていた。
「あなたは何?なんで私の目の前に現れるの?」
今日はこの前の道と違い、自宅のマンションが見える位置だ。
同じ道に現れるのであれば、前回の事は偶然だったと考えただろう。しかし、獣はこうして目の前にいる。つまり獣は意図して律花の目の前に現れていると言うことだ。
前回の事から、言葉が通じるとは思ってはいなかった。しかしナゼ、と問わずにはいられなかったのだ。
急に襲ってこないだけマシなのだろうが、会話が成り立たないのに獣が何もしてこない事が不可解でしょうがない。獣がどうして自分を襲ってきたのかも分からなければ、今、何を望んでここにいるかも分からないのだ。
現状に戸惑う律花の心象を知らないのだろう。獣はじっと彼女を見ていた ー のだが、急に何かに気がついたように低く構えていた頭を探るように持ち上げる。
「何を ー」
続ける言葉に迷った律花の視線の先で、獣はある方向へと視点を定めた。
「まさか…、待って!」
ある方向へと今にも走り出そうとする獣を慌てて呼び止めようとする。
獣の視線の先には、自宅のあるマンションがあった。
理由は分からない。でも感覚が、一瞬過った不安を肯定する。
あの獣は律花の自宅に向かおうとしているのだ。
今朝の出来事がフラッシュバックする。今日も体調が優れなかった響は学校を休んだ筈だ。両親は相変わらず仕事だが、祖父母も目立った外出はないと言っていた。
そして、妹の奏恵は今日は午前中までだと楽しげに話していたのを思い出す。
朝、楽しげに話していた家族の映像に映画のような惨劇のシーンが重なり、一瞬で消える。あの鋭い爪で、牙で獣は家族を引き裂こうとしているのだと、本能が告げる。
こんなにも暑い日だと言うのに、顔を真っ青にした律花の目の前で、彼女の無力さを嘲笑うかのように獣は自宅の方へと走って行く。
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プロフィール
HN:
咲宮 奏恵・律花・響
性別:
非公開
自己紹介:
響兄、律花姉と奏恵妹のゆるい日常日記だったり仮プレ置き場です。
たまに出てくる保護者兼、PLは「嘉凪 さと」と言う謎の人物。
TW2、TW3にも同背後がいますが、そちらからのリンクは現在は貼ってません。
■無用なヒント
TW2:背後の名字と同じ姉弟、忍者な女の子、引退した人
TW3:おっさん、天然元気女子、麗人騎士王子、あっさり系姉さん
TW4>>TW2>TW3の頻度で遊んでるはずです
たまに出てくる保護者兼、PLは「嘉凪 さと」と言う謎の人物。
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