咲宮家族の日記帳
※TW4、サイキックハーツと言う単語に聞き覚えのない方はUターンぷりーず※
朱の空に堕つ ― 予兆
恐らく時系列的に7月第1週の木・金曜日くらいかと。
『朱の空に堕つ』の『陽炎』→『彷徨』→『滲む音』→『扉』の続きのお話です。
『朱の空に堕つ』の『陽炎』→『彷徨』→『滲む音』→『扉』の続きのお話です。
◆◆◆
マンション備え付けの駐車場に車を置き、まだ高い位置にある太陽の日差しを受けながら、少しでも涼しい家を目指す。そんな響は自分の左腕を擦りながらはあ、とため息をついた。
「腕痛てぇな…」
「なんや、ひぃ。注射なんか慣れとるんやないんか?」
「今日の看護師慣れてなかったみたいなんだよ。あー…こりゃ腫れるな…」
長年病院に通えば、注射の類いは慣れているのだが内出血などはなかなか慣れないもの。少し鬱血した左腕を見ると苦笑いしか出なかった。
腕の有り様は今さらどうにもならない。だからせめて暑さだけはどうにか避けたくて、自然と足早になる。
エレベーターから降り、玄関の祖父が玄関を開ける。と、そこには見慣れた靴が脱ぎ捨てられていた。
「…また、奏は」
呆れてため息をはく祖父を宥めながら、響は居間に入る。しかし、涼しい部屋には妹の姿はない。
「あれ?てっきりメシ食ってるかと思ったのに」
言いつつ自室かなと思って居間を出ると、ちょうど祖父と入れ違う。
「奏は?」
「部屋見てくる」
体格のいい祖父はやたら体が大きいので、響は少し体を斜めに傾けてすれ違おうとして、そのまま祖父の肩に肩がぶつかる。
「爺さん、悪 ー」
そこまで口にして、残りの言葉は窓ガラスが割れる音で遮られてしまう。振り返った響は祖父が立ち止まってしまった理由を見た。
冷房で涼しくなっていたはずの部屋が、まるでサウナのように暑いのだ。それは窓ガラスが割れたことにより、暑い外気が室内に流れ込んできたからだけではなかった。
「…イフリート」
祖父の口端から、割れたように漏れた言葉は響には聞きなれない単語。
目の前の燃え盛る炎をまとった獣を見て、祖父はこんなにも暑いにもかかわらず、顔色を蒼白にしてそう呟いた。
目の前の見たことのない獣が、祖父と響を見て低く唸る。咄嗟に襲いかかって来ないのは、恐らくこちらが二人と数だけは勝っているだからだろう。ただ、二人がかりでも目の前の獣に勝てるかは分からないが。
「ひぃ、奏がどこかにおるはずや。二人で先に逃げんね」
「は? 爺さん、こんなの相手に囮になる気かよ?!」
視線を獣から反らさずに言われた言葉に響は我が耳を疑った。
「ガラス割ってきたんだぞ? きっと誰か気がついて警察に ー
「ひー君?今の音なに?」
通報してくれる。その言葉は祖父の書斎の方から現れた奏恵が遮ってしまった。
「バカ! 来るんじゃねぇ!」
慌てて叫ぶ響の声に、こちらに来ていた奏恵の足は止まったが、それと同時に獣の咆哮も響いた。
まるで初めから奏恵を探していたように、獣は視界に彼女が写ると同時に身を低くして飛びかかろうとしたのだ。
「きゃ!?」
「奏恵!!」
獣の動きにどうにか反応できた響が奏恵を守ろうと床を蹴って庇おうとする。
背をさらしているから獣が襲いかかってくる様子は見えないが、確実に自分の背中はあの獣の鋭い爪で抉られてしまうだろう。どのくらい痛いかは分からないが、動けるならば奏恵をどうにかして逃がさないと、などと考えて妹を抱き庇う。
すると、抱え込んだ奏恵が悲鳴を上げた
「お爺ちゃん!!」
その悲鳴に響は、自身の背中を振り替える。そこには
「ぼさっとすんな、響!奏恵連れて逃げんか!」
果敢にも獣の腹にタックルし、その炎で身を焦がしながらも家の壁に獣を押し付けて孫を守ろうとする祖父の姿。
「爺さん!」
「儂の心配しとる場合か!早よ逃げろ!」
祖父を邪魔だと言うように、獣は押さえられながらもどうにか動く四肢と顔を動かして祖父の体に浅からぬ切り傷を刻む。
緋色の鮮血が滴るその姿を晒す祖父を心配せずにはいられなかったが、彼の怒号に響は怯む。
突然起こった出来事に頭がまともについていかないのだ。
年齢の割にしっかりしていても、響はまだ高校生。祖父のように海外に派遣されて色々な経験を積んできた自衛隊であり、武道家ではない。こんな、非日常過ぎる出来事にすぐに適切な対応ができるはずもなかった。
けれど、そんな響を突き動かすように玄関のドアから聞き慣れた声が彼の名前を呼ぶ。
「響!奏恵!急いで!」
肩で息をした律花が玄関を開けて彼らを呼んだのだ。
片割れに呼ばれて響の思考は急に正常に動き出す。祖父の姿に衝撃を受けて震えている奏恵を抱き上げ、律花の元まで走り出した。
「お爺ちゃん!」
兄に担がれてやっと正気を取り戻したのか、奏恵が獣の炎に腕を爛れさせながらも孫を守るためにまだ獣を取り押さえたままの祖父に向かって叫ぶ。
両目に大粒の涙を貯めて叫んだ孫の声に、祖父はいつもみたいにニカッと笑った。
「行くんや、奏。後ろは見たらあかん」
「ヤダ…ひー君、ヤダよっ!お爺ちゃんが!」
泣き叫び、暴れだした奏恵を響は離そうとしないまま玄関まで走り、律花が開いた扉をくぐって玄関を出ようとする。
「爺さん!」
玄関まで来て様子を見るために振り返った響は、目の前の光景に反射的に奏恵の目を掌で覆う。
獣が、祖父の体を切り刻もうと躍起になっていて、その爪が少しずつ祖父を削いでいるのだ。こんな痛ましい祖父の姿を見せられない。そう、判断したのだった。
「お爺ちゃん!」
律花の悲鳴に近い声と、獣の咆哮
そして、爆音にも近い炎の巻き上がる音が奏恵の真っ暗な視界に反響し、そのまま奏恵の意識を刈り取った。
律花の目の前で、信じられない光景が広がる。奏恵の目を覆っていた響は、気がつかなかったが、彼女はその瞬間を確かに見たのだ。
獣を押さえていたはずの祖父の体が、炎をまとった獣の鈎爪に引っ掛かれた瞬間、炎を上げたのだ。
急に炎が体を焼いた驚きで、祖父は反射的に炎を消そうと獣から手を離してしまう。その隙を待っていたと言わんばかりに、獣は祖父の体に体当たりし、彼を引き剥がす。
「響、律、逃げ ー」
獣に体当たりされたと気がついた祖父がそこまで紡いだ喉元に、獣が食らいつく。
祖父の言葉に気がついて視線を戻した響も目を見開いた。
獣に喉元に食いつかれ、ゆらりと体を揺らして地面に仰向けに倒れ込もうとする祖父の姿が、まるでスローモーションのように、ゆっくりと床に膝から落ちていく。
その光景を見て、響は奏恵の体を律花の方に放り出し、近くにあった傘を手に祖父から獣を引きはがそうと怒号をあげ、走り寄る。
「ー !!」
律花には今の咆哮がどちらのものか、一瞬分からなくなった。響の発した怒り狂った怒号は、まるで獣のそれ、そのものだったのだ。
驚愕する律花を他所に、響は乱暴に突き出した傘で獣の体を狙うと、獣もそれに気がついたようですぐに祖父の体を蹴って距離をとる。
けれど、怒りを露にした響が手にした傘で獣を刺してやろうと、休む間もなく鋭い突きを繰り出す。
本来、怒りに支配された人の攻撃は狙いが甘く避けやすいのだが、今の響の攻撃はそうではなかった。獣への殺意が彼の技に精密さを与える。
元々喧嘩の中に身を置くことをしていた響が、明確な戦意を得ることによって己の戦力に精鋭さをかけたのだ。
無造作に見える突き攻撃だが、それはもう、一つの技だった。
それが ー 闇に堕ちる前兆とは彼自身は知らないまま。
武器代わりに振るう傘は、獣の炎ですぐに駄目になる。それに気が付いた響は咄嗟の獣の隙をついて、その体を祖父の書斎の方に蹴り飛ばす。
普段の彼にそこまでの力はないはずなのに、獣は驚くほど素直に飛ばされて転がる。
曰く付きの物を収集する趣味があった祖父の書斎には、刃は鉛のレプリカだが、傘ろりは使える刀剣の類いがある。舞台をそこにし、武器を変えようと言うのだろう。獣を蹴り飛ばした響は逃げることも忘れたのか、そのまま獣を追って祖父の書斎へと駆けていく。
「お爺ちゃん!」
自分の方に放り出された奏恵の体をどうにか支えていた律花は、我に返って奏恵を玄関扉で獣から死角の場所に寄りかからせ、響によって助け出された祖父の方へと走り寄る。
まだ火が燻る祖父の体を持っていたタオルで叩いて消そうとすると、不思議にも律花が触れるとすぐに炎は消えてしまう。
しかし、今はそんなことな驚く暇すらなかった。
獣に喉を潰された祖父の首もとからは止めどなく血とヒューヒューと嫌な音が流れている。
どうしよう、どうすれば。
今までに見たこともない怪我をしている祖父の血を止めるために、持っていたタオルで傷口を押さえるが、すぐにそれも緋色に染まってしまった。
「!?どうしたら…、血が、止まらない…!」
祖父の痛ましい姿に涙を溢しながら、律花はオロオロと周囲を見回して何かないかと探す。
すると、ふと一冊の本と布に包まれた棒状の物を見つける。奏恵が祖父の部屋から持ち出した物だと律花には知る由もないのだが、今は渡りに舟だ。
包帯があれば止血出来るのでは、と急いでそれに手を伸ばして手に取ると、布を剥ぎ取った。
「お爺ちゃん、今、血を止めるか、ら………?」
祖父の首もとに剥いだばかりの布で傷口を圧迫していたタオルを縛ろうとした律花は、その作業を止めた。
先程まで荒い息を繰り返し、どうにか意識を保っていた祖父が、…息をしていないのだ。
「そ、んな…ウソ…でしょ?」
意識を失っただけだと信じたくて、律花は慌てて祖父の口許に軽く掌を当てる。
しかし、その掌に触れる呼吸の感覚はない。
次に急いで首筋の脈を探すが、鼓動はひとつも拾えず、心臓の位置に触れてもなにも聞こえないのだ。
「ね、ねえ、お爺ちゃん、冗談、よね?また、そゆ事して…私と…響を驚かそう、と…」
頭のどこかでは、目の前の出来事が理解できているのに、心が理解することを拒む。けれど、いつまでも理解を拒否することも出来ず、手にしていた布がハラリと落ちた。
「あ…ぁ…」
手が、唇が震え、視界が狭くなる。耳の奥から耳鳴りがして痛い。自身の血の気が引いていくのが分かった。
「い、やぁぁああっっ!」
祖父を助けられなかったと理解した律花が叫ぶ。足元が抜けたように、身体中から力が抜け、壊れたように悲鳴を紡ごうとした律花の肩を誰かがつかんだ。
マンション備え付けの駐車場に車を置き、まだ高い位置にある太陽の日差しを受けながら、少しでも涼しい家を目指す。そんな響は自分の左腕を擦りながらはあ、とため息をついた。
「腕痛てぇな…」
「なんや、ひぃ。注射なんか慣れとるんやないんか?」
「今日の看護師慣れてなかったみたいなんだよ。あー…こりゃ腫れるな…」
長年病院に通えば、注射の類いは慣れているのだが内出血などはなかなか慣れないもの。少し鬱血した左腕を見ると苦笑いしか出なかった。
腕の有り様は今さらどうにもならない。だからせめて暑さだけはどうにか避けたくて、自然と足早になる。
エレベーターから降り、玄関の祖父が玄関を開ける。と、そこには見慣れた靴が脱ぎ捨てられていた。
「…また、奏は」
呆れてため息をはく祖父を宥めながら、響は居間に入る。しかし、涼しい部屋には妹の姿はない。
「あれ?てっきりメシ食ってるかと思ったのに」
言いつつ自室かなと思って居間を出ると、ちょうど祖父と入れ違う。
「奏は?」
「部屋見てくる」
体格のいい祖父はやたら体が大きいので、響は少し体を斜めに傾けてすれ違おうとして、そのまま祖父の肩に肩がぶつかる。
「爺さん、悪 ー」
そこまで口にして、残りの言葉は窓ガラスが割れる音で遮られてしまう。振り返った響は祖父が立ち止まってしまった理由を見た。
冷房で涼しくなっていたはずの部屋が、まるでサウナのように暑いのだ。それは窓ガラスが割れたことにより、暑い外気が室内に流れ込んできたからだけではなかった。
「…イフリート」
祖父の口端から、割れたように漏れた言葉は響には聞きなれない単語。
目の前の燃え盛る炎をまとった獣を見て、祖父はこんなにも暑いにもかかわらず、顔色を蒼白にしてそう呟いた。
目の前の見たことのない獣が、祖父と響を見て低く唸る。咄嗟に襲いかかって来ないのは、恐らくこちらが二人と数だけは勝っているだからだろう。ただ、二人がかりでも目の前の獣に勝てるかは分からないが。
「ひぃ、奏がどこかにおるはずや。二人で先に逃げんね」
「は? 爺さん、こんなの相手に囮になる気かよ?!」
視線を獣から反らさずに言われた言葉に響は我が耳を疑った。
「ガラス割ってきたんだぞ? きっと誰か気がついて警察に ー
「ひー君?今の音なに?」
通報してくれる。その言葉は祖父の書斎の方から現れた奏恵が遮ってしまった。
「バカ! 来るんじゃねぇ!」
慌てて叫ぶ響の声に、こちらに来ていた奏恵の足は止まったが、それと同時に獣の咆哮も響いた。
まるで初めから奏恵を探していたように、獣は視界に彼女が写ると同時に身を低くして飛びかかろうとしたのだ。
「きゃ!?」
「奏恵!!」
獣の動きにどうにか反応できた響が奏恵を守ろうと床を蹴って庇おうとする。
背をさらしているから獣が襲いかかってくる様子は見えないが、確実に自分の背中はあの獣の鋭い爪で抉られてしまうだろう。どのくらい痛いかは分からないが、動けるならば奏恵をどうにかして逃がさないと、などと考えて妹を抱き庇う。
すると、抱え込んだ奏恵が悲鳴を上げた
「お爺ちゃん!!」
その悲鳴に響は、自身の背中を振り替える。そこには
「ぼさっとすんな、響!奏恵連れて逃げんか!」
果敢にも獣の腹にタックルし、その炎で身を焦がしながらも家の壁に獣を押し付けて孫を守ろうとする祖父の姿。
「爺さん!」
「儂の心配しとる場合か!早よ逃げろ!」
祖父を邪魔だと言うように、獣は押さえられながらもどうにか動く四肢と顔を動かして祖父の体に浅からぬ切り傷を刻む。
緋色の鮮血が滴るその姿を晒す祖父を心配せずにはいられなかったが、彼の怒号に響は怯む。
突然起こった出来事に頭がまともについていかないのだ。
年齢の割にしっかりしていても、響はまだ高校生。祖父のように海外に派遣されて色々な経験を積んできた自衛隊であり、武道家ではない。こんな、非日常過ぎる出来事にすぐに適切な対応ができるはずもなかった。
けれど、そんな響を突き動かすように玄関のドアから聞き慣れた声が彼の名前を呼ぶ。
「響!奏恵!急いで!」
肩で息をした律花が玄関を開けて彼らを呼んだのだ。
片割れに呼ばれて響の思考は急に正常に動き出す。祖父の姿に衝撃を受けて震えている奏恵を抱き上げ、律花の元まで走り出した。
「お爺ちゃん!」
兄に担がれてやっと正気を取り戻したのか、奏恵が獣の炎に腕を爛れさせながらも孫を守るためにまだ獣を取り押さえたままの祖父に向かって叫ぶ。
両目に大粒の涙を貯めて叫んだ孫の声に、祖父はいつもみたいにニカッと笑った。
「行くんや、奏。後ろは見たらあかん」
「ヤダ…ひー君、ヤダよっ!お爺ちゃんが!」
泣き叫び、暴れだした奏恵を響は離そうとしないまま玄関まで走り、律花が開いた扉をくぐって玄関を出ようとする。
「爺さん!」
玄関まで来て様子を見るために振り返った響は、目の前の光景に反射的に奏恵の目を掌で覆う。
獣が、祖父の体を切り刻もうと躍起になっていて、その爪が少しずつ祖父を削いでいるのだ。こんな痛ましい祖父の姿を見せられない。そう、判断したのだった。
「お爺ちゃん!」
律花の悲鳴に近い声と、獣の咆哮
そして、爆音にも近い炎の巻き上がる音が奏恵の真っ暗な視界に反響し、そのまま奏恵の意識を刈り取った。
律花の目の前で、信じられない光景が広がる。奏恵の目を覆っていた響は、気がつかなかったが、彼女はその瞬間を確かに見たのだ。
獣を押さえていたはずの祖父の体が、炎をまとった獣の鈎爪に引っ掛かれた瞬間、炎を上げたのだ。
急に炎が体を焼いた驚きで、祖父は反射的に炎を消そうと獣から手を離してしまう。その隙を待っていたと言わんばかりに、獣は祖父の体に体当たりし、彼を引き剥がす。
「響、律、逃げ ー」
獣に体当たりされたと気がついた祖父がそこまで紡いだ喉元に、獣が食らいつく。
祖父の言葉に気がついて視線を戻した響も目を見開いた。
獣に喉元に食いつかれ、ゆらりと体を揺らして地面に仰向けに倒れ込もうとする祖父の姿が、まるでスローモーションのように、ゆっくりと床に膝から落ちていく。
その光景を見て、響は奏恵の体を律花の方に放り出し、近くにあった傘を手に祖父から獣を引きはがそうと怒号をあげ、走り寄る。
「ー !!」
律花には今の咆哮がどちらのものか、一瞬分からなくなった。響の発した怒り狂った怒号は、まるで獣のそれ、そのものだったのだ。
驚愕する律花を他所に、響は乱暴に突き出した傘で獣の体を狙うと、獣もそれに気がついたようですぐに祖父の体を蹴って距離をとる。
けれど、怒りを露にした響が手にした傘で獣を刺してやろうと、休む間もなく鋭い突きを繰り出す。
本来、怒りに支配された人の攻撃は狙いが甘く避けやすいのだが、今の響の攻撃はそうではなかった。獣への殺意が彼の技に精密さを与える。
元々喧嘩の中に身を置くことをしていた響が、明確な戦意を得ることによって己の戦力に精鋭さをかけたのだ。
無造作に見える突き攻撃だが、それはもう、一つの技だった。
それが ー 闇に堕ちる前兆とは彼自身は知らないまま。
武器代わりに振るう傘は、獣の炎ですぐに駄目になる。それに気が付いた響は咄嗟の獣の隙をついて、その体を祖父の書斎の方に蹴り飛ばす。
普段の彼にそこまでの力はないはずなのに、獣は驚くほど素直に飛ばされて転がる。
曰く付きの物を収集する趣味があった祖父の書斎には、刃は鉛のレプリカだが、傘ろりは使える刀剣の類いがある。舞台をそこにし、武器を変えようと言うのだろう。獣を蹴り飛ばした響は逃げることも忘れたのか、そのまま獣を追って祖父の書斎へと駆けていく。
「お爺ちゃん!」
自分の方に放り出された奏恵の体をどうにか支えていた律花は、我に返って奏恵を玄関扉で獣から死角の場所に寄りかからせ、響によって助け出された祖父の方へと走り寄る。
まだ火が燻る祖父の体を持っていたタオルで叩いて消そうとすると、不思議にも律花が触れるとすぐに炎は消えてしまう。
しかし、今はそんなことな驚く暇すらなかった。
獣に喉を潰された祖父の首もとからは止めどなく血とヒューヒューと嫌な音が流れている。
どうしよう、どうすれば。
今までに見たこともない怪我をしている祖父の血を止めるために、持っていたタオルで傷口を押さえるが、すぐにそれも緋色に染まってしまった。
「!?どうしたら…、血が、止まらない…!」
祖父の痛ましい姿に涙を溢しながら、律花はオロオロと周囲を見回して何かないかと探す。
すると、ふと一冊の本と布に包まれた棒状の物を見つける。奏恵が祖父の部屋から持ち出した物だと律花には知る由もないのだが、今は渡りに舟だ。
包帯があれば止血出来るのでは、と急いでそれに手を伸ばして手に取ると、布を剥ぎ取った。
「お爺ちゃん、今、血を止めるか、ら………?」
祖父の首もとに剥いだばかりの布で傷口を圧迫していたタオルを縛ろうとした律花は、その作業を止めた。
先程まで荒い息を繰り返し、どうにか意識を保っていた祖父が、…息をしていないのだ。
「そ、んな…ウソ…でしょ?」
意識を失っただけだと信じたくて、律花は慌てて祖父の口許に軽く掌を当てる。
しかし、その掌に触れる呼吸の感覚はない。
次に急いで首筋の脈を探すが、鼓動はひとつも拾えず、心臓の位置に触れてもなにも聞こえないのだ。
「ね、ねえ、お爺ちゃん、冗談、よね?また、そゆ事して…私と…響を驚かそう、と…」
頭のどこかでは、目の前の出来事が理解できているのに、心が理解することを拒む。けれど、いつまでも理解を拒否することも出来ず、手にしていた布がハラリと落ちた。
「あ…ぁ…」
手が、唇が震え、視界が狭くなる。耳の奥から耳鳴りがして痛い。自身の血の気が引いていくのが分かった。
「い、やぁぁああっっ!」
祖父を助けられなかったと理解した律花が叫ぶ。足元が抜けたように、身体中から力が抜け、壊れたように悲鳴を紡ごうとした律花の肩を誰かがつかんだ。
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咲宮 奏恵・律花・響
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非公開
自己紹介:
響兄、律花姉と奏恵妹のゆるい日常日記だったり仮プレ置き場です。
たまに出てくる保護者兼、PLは「嘉凪 さと」と言う謎の人物。
TW2、TW3にも同背後がいますが、そちらからのリンクは現在は貼ってません。
■無用なヒント
TW2:背後の名字と同じ姉弟、忍者な女の子、引退した人
TW3:おっさん、天然元気女子、麗人騎士王子、あっさり系姉さん
TW4>>TW2>TW3の頻度で遊んでるはずです
たまに出てくる保護者兼、PLは「嘉凪 さと」と言う謎の人物。
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