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朱の空に堕つ ― 陽炎

まだ咲宮兄妹達が武蔵坂に来る前。

夏の暑い日に起きた事件の、数日前の話。



今回は奏恵(サブ)と響(メイン)のお話です。



◆◆◆





「ひー君と律ちゃんだけズルいー!!」
 
 比較的閑静な住宅街の一角、とあるマンションの一室にその癇癪は響いた。
あまりの大音量に、真正面からその盛大な主張を受け取ったものはマンション中に反響したのではないかと思ったかもしれない。それほどに大きな声だったのだ。
 
「ズルい言うてもな、奏。お前さんはまだ中学入ったばっかやろが」
「お爺ちゃん、すぐそう言うー!もう中学生だよ!フンベツのつかない子供じゃないもん!」
 
 頬を膨らませるその姿は、本人の言うお子様そのもの。…と心の中では思いながらも、お爺ちゃんと呼ばれた白髪が目立つ初老の男 ― 奏と呼ばれた咲宮奏恵の祖父は、ヤレヤレと孫のワガママに苦笑を返した。
 
 
 場所は福岡。
時期は梅雨が明け、夏めいてきたばかりの7月初旬。
 
日本でも比較的南に位置しているので、当に冷房機器が幅を利かせる時期である。
今日も例年に漏れず暑い。暑いのだが、咲宮家の魔女こと祖母の育てた、やたら青々としたグリーンカーテンがこの部屋の暑さを半減してくれていた。
 
が、暑さは程度が違えど人をイライラさせるらしい。まさに今、祖父の目の前の問題もこの暑さのせいではないかと疑いたくなるほどだった。
 
武骨な手で頭を豪快に掻く様は熊や大型の猿を連想させたが、彼よりも幾分も小さな孫に怒られる姿に大型動物の威厳は感じられなかった。
目の前の孫は怒り心頭のようで、自分が首を縦に振るまではその機嫌を直してくれそうにはない。さて、どう宥めたものかと思案する祖父に救いの手が差し伸べられた。
 
「奏も子供じゃないなら、そんなデッカイ爺さん苛めてやるなよ。」
「ひー君! 起きて大丈夫なの?」
 
 ひー君と呼ばれた少年、奏恵の兄である響は寝間着代わりの甚平で眼鏡を拭きながら気だるそうに居間に入ってくると、手近な椅子にドカリと座る。
 
自衛官であり、武道家でもある祖父とその息子である父に鍛えられて育った響は、一見、普通…いや、むしろどこぞのアスリート並みに引き締まった体の持ち主で健康そうに見える。しかし、生来の体質と言うのは選べないらしい、そんな環境と現状を裏切る彼の体質は病気に弱いもの。
今朝も熱中症のような症状を起こし、学校を休んだばかりだった。
 
体の弱い兄がわざわざ登場してくれた事に奏恵は嬉しさ半分、心配半分の表情をしてしまう。すると自分よりも大きな手がわしゃわしゃと頭を撫でた。
 
「大丈夫じゃなけりゃ、起きてこないさ。なあ、爺さん。俺か律が一緒なら、奏も入れてやってもいいじゃないか?」
 
 自分の頭を撫でる手と、加勢する言葉に奏恵は目を輝かせる。
その輝かしい視線に見上げられ、響は妹にニッと笑って見せた。兄の響は末っ子の奏恵にとにかく甘い。年が離れている上、妹が子犬みたいに自分を慕ってくれているからなのだろう。
逆に双子の妹の律花とは奏恵が驚くほどにはさっぱりした兄妹関係を築いていた。
 
けれど響の言葉に返ってきたのは、奏恵の期待した結果にそぐわないものだった。
 
「ダメや」
「なんで!?」
 
 祖父の言葉に噛みついたのは、拒否された本人の奏恵。
発案者の響は祖父の否定の言葉よりも、隣から聞こえた叫びの方に驚いて反応が遅れていた。
 
「ダメなもんはダメや。奏にはまだ早い」
 
 断固とした拒否。
しかも理由も釈然としない、ただ自分が幼いからと言う理由に奏恵の感情は大爆発した。
 
「~~っ、お爺ちゃんのバカ!だいっきらい!」
 
 顔を真っ赤に、今にも泣きそうな顔で捨て台詞を残して奏恵は居間を飛び出す。
…とは言っても家まで出ていく様子がないあたり、どうやら自室に戻るらしい。
 
まだ帰宅していないが、自室に戻れば彼女の姉で、自分の双子の妹の律花もいる。申し訳ないが、フォローは奏恵の扱いが上手な妹に任せておこうと響は勝手に後を託し、その場に残された祖父の方に視線を送る。
 
「なあ。何でダメなんだ?奏は聞き分けはいい方だぞ?」
 
 可愛がっている孫に大嫌いと言われて盛大に凹んでいる祖父に、そんなに落ち込むなら言うなよなと思いながらも声をかける。
贔屓目を除いても、奏恵は他の同じ歳の子に比べると聞き分けがいい部類に入る。しかも、普段は滅多にワガママを言わないのだ。
そんな彼女が口にしたワガママ、それを祖父は断固と首を縦に振らなかったのだ。
 
 理解ができないと言わんばかりの響の視線と声に、祖父はそれでも首を横に振った。
 
「聞き分けがようても、子供は子供や」
 
 その頑なな言葉に、とうとう響はため息をはく。
 
「俺らも大して変わらんだろ。俺だって、爺さんの言い付け破って喧嘩してたガキだぞ」
 
 首を傾げると、数時間しか寝てないのに凝り固まった首から小気味のいい音が聞こえる。たった数時間だけなのに、自分の体がすぐ悲鳴をあげ始めることに響は自身に嫌気が差し、同時に苦く自嘲する。
 
体は弱いのに、よく喧嘩に明け暮れてたもんだと過去の自分を振り返る。あの時は本当に色々な事がどうでもよくなっていて、けれど大きな反発をできるほど自分の体は強くなければ、度胸もなくて。
助っ人と言う名目で人の喧嘩に着いて行っては、自分が強がりで動ける時間だけ人を殴って憂さ晴らしをしていたのだ。
 
それはほんの最近の出来事。
たった数ヶ月前までの事なのに、やたら前の事に感じるのは、自分なりに気持ちを整理できた一件があり、喧嘩に明け暮れた幼稚な自分に見切りをつけてしまったからだろうか。
 
困ったように自嘲する孫の顔を見て、祖父はそれでも頑なに首を横に振った。
 
「…奏恵は別や」
「別?」
 
 口にして、しまったと口内で呟く。
 
口から漏れたのは、何気なしの言葉。
普通の孫と祖父との会話であれば、何の事もない自然な流れだっただろう。だが、彼らは違う。
響の言葉の端の、本の少しだけ滲んだ感情を祖父は見逃さなかった。
 
「別言うが、ひぃも律も、奏と一緒で可愛い孫や。そこは勘違いすんなや」
「…してねぇよ」
 
 心を見透かされて、つい拗ねたような言葉が口を出てしまう。
 
祖父が言いたい事は十分に分かっているつもりだ。血の繋がりがなくても、目の前の祖父は響を大事な孫の一人として育ててくれているのだから。
 
響と律花、奏恵は異父兄妹だ。
奏恵だけ父親が違い、目の前の祖父は奏恵の父親方の祖父。つまり響にとっては血縁関係のない、近所のご老人と大して代わりはない関係だった。
 
なのに、彼は自分も可愛い孫だと言って
響に色々教えてくれた。体を鍛える一環に武術も教わったし、単なる気休めに違いないが、かけている間は気持ちが落ち着いて冷静でいられると言う眼鏡もくれた。他校の生徒と殴りあいの喧嘩をして学校に呼び出された時は、本気で怒って殴られたのも今ではいい思い出だ。
 
義理ではあるが、今の父親も確かに自分を本当の息子のように接してくれる。しかし、多忙で家にいない父親よりも、既に現役を退き、自宅で第二の生活を謳歌する祖父の方が接する時間が多いのは当然だろう。
 
それだけの愛情を注いでくれた祖父の言葉を疑う余地なんてなかったのだ。
だが、彼が奏恵を頑なに書斎に入れるのを拒否する理由は分からなかった。書斎に奏恵には見せられない何かがあるのか。
 
 
 結局その日はそれ以上の事は聞けず終いになってしまう。
祖母が買い物から帰ってきて、その話はそこでお開きになってしまったからだった。
 
祖父の書斎に何故、奏恵だけが入ってはいけないのか。
 
何故、響と律花はいいのか。
 
中学生と高校生、血の繋がり、等と説明が簡単なものではない事だけが、祖父の頑なさから伝わる。
理由が提示されない違和感は奏恵だけではなく、響にも確かに芽吹く。
 
疑い始めると、それは血のように全身を巡る。
 
窓から入る夕焼けが床を焼き、視界を朱に染める。
自身に巣食うものは、焔のようにただ揺らめき形を悟られぬように、くすぶり続けた。
 
 
その真相が、近い未来に明かされるとも知らずに。






 
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プロフィール

HN:
咲宮 奏恵・律花・響
性別:
非公開
自己紹介:
響兄、律花姉と奏恵妹のゆるい日常日記だったり仮プレ置き場です。
たまに出てくる保護者兼、PLは「嘉凪 さと」と言う謎の人物。

TW2、TW3にも同背後がいますが、そちらからのリンクは現在は貼ってません。

■無用なヒント
TW2:背後の名字と同じ姉弟、忍者な女の子、引退した人
TW3:おっさん、天然元気女子、麗人騎士王子、あっさり系姉さん

TW4>>TW2>TW3の頻度で遊んでるはずです

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