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朱の空に堕つ ― 滲む音

恐らく時系列的に7月第1週の木・金曜日くらいかと。

『朱の空に堕つ』の『陽炎』→『彷徨』の続きのお話です。


 
◆◆◆






律花が獣に襲われてから二日。
 
あの日の出来事を、律花は誰にも話せずにいた。幸いにもあれから帰宅した時には響しかいなかった。彼は路地を転がったせいで汚れた妹を見ても言及せずに、「風呂入ってこいよ」と促したに留めてくれていた。
 
何度か響や律花自身の親友達に話してみようかと、響の部屋まで行ったり、遠方の親友達の電話番号を携帯ディスプレイに表示するまではしたのだが、結局今に至るまで誰にも相談できずにいた。あんな非現実な出来事を説明する方法を律花自身持ち合わせていなかったのだ。
 
だから、あの出来事を響は愚か、奏恵が知る方法など絶対になかったのだ。
 
 
一方、祖父に書斎に入ることを断固として拒否されてしまった奏恵は見た目はソフトの和解をしていたのだが……実はまだ、諦めていなかった。
 
(お爺ちゃんは書斎に絶対、あの本を隠してるんだ!)
 
 実際に見たことはないけれど、奏恵は一冊の本を探していた。
 
奏恵は小さい頃から、祖母に魔女になれる素質があると言われて育っていた。魔女、と言ってもファンタジーの物語やゲームのように炎を出せたり、姿を変えたりと言うような類いではない。
祖母の言う魔女は、願いを込めた物は悪いことから自分や持ち主を守ってくれたり、望みが叶いやすいようにその人の気持ちを穏やかにしてくれる、等の『おまじない』の類いを使う者の事を言っていたのだ。
 
魔力は願う力。
でも、自分の願う力だけではなく、その力を宿しやすくしたりする『何か』も総じて魔力だと教わってきた。
 
 
 奏恵の家族は仲はいいのだが、一緒にいられる時間は短い。
両親は共働きで、忙しいから滅多に家にいない。だから、奏恵を育ててくれたのは祖父母だった。兄は病弱で、一緒に遊んでくれる事は稀だったし、姉は奏恵は理由を知らないが、よく父に着いて東京に行ったり、そもそも歳が離れていたので学校自体も忙しそうだった。
 
その為、奏恵はワガママを出来るだけ言わずに一人で遊ぶことが多かった。
友達もそれなりにいたので友達と遊ぶことももちろんあったが、大型連休など、友達が家族と一緒の時はそうではない。
 
自分がワガママを言うと、皆、自分の都合を押してまでそれを叶えてくれようとするのだ。それが奏恵には嬉しくも、幼心にも申し訳なくもあったのだ。
自分が言うワガママは皆を大変にさせる。それに気がついたのは最近だが、理解するよりも前から薄々と勘づいていたのは確か。
 
 
だから奏恵は祖母から率先して魔法を習った。
 
両親が離れていても健康で、お仕事が成功して、自分を忘れないでいてくれるように。
兄の病気が軽くなるように。そしていっぱい遊んでくれるくらい、元気になるように。
姉の勉強や学校生活が楽しくなって、色んなお話を聞かせてくれるように。
 
最終的には自分を好きでいてほしい、構ってほしいと言う願いだったが、それでも家族の幸せを願う気持ちは誰にも負けないつもりだった。
 
つもりだったけれど…魔法の効果はすぐに現れるものでもなければ、効果など当然まちまちだ。
奏恵の願いも虚しく、仕事で不機嫌になった両親が帰って来ることもあれば、兄の響の体調が芳しくなく、忙しい勉強の合間を縫って祖父母の代わりに姉の律花が病院に泊まり込むことも少なくはなかった。
 
その度に、奏恵は自分の魔力の弱さが悔しくて、悲しくて、祖父母に隠れてよく泣いていた。
両親と、兄や姉と仲が悪ければ、こんな悲しい想いはしなくて済んだのだろうと何度も思った。嫌いになればきっとお互いが辛い気持ちになる事もないだろうと何度も考えた。でも、結局、誰も嫌いにはなれなかったのだ。
 
泣いている奏恵を見つけてくれ慰めてくれる兄や姉、出張先や長期不在から帰宅する時は奏恵の好きな物を両手に抱えて帰ってきてくれる両親を、嫌いになんてなれるはずがなかった。
 
だから、自分を責めた。
自分の家族を守る力の ― 魔力の弱さを。
 
 
 そんな中、学校帰りに変な男と遭遇する。
部活動を終えても夏になったせいで日が長く、もう7時になるのに空は夕暮れのように赤い空をしていた。
 
 
『お嬢さん、魔法使いだろう?』
 
 
 夏場の明るい時間帯とは言え、急に見知らぬ男に話しかけられれば無視するのが普通だろう。しかし、奏恵の足はその男の目の前で立ち止まってしまった。男の発した言葉が、楔のように奏恵の足を地面に縫い止めたのだ。
 
他の子ならば、男の言葉は気が違った者の言葉として流されてしまっただろう。けれど彼の言う魔法使いと言われて育てられてきた奏恵の足を止めるには十分だった。
 
 
『お嬢さんの願いが叶う方法を教えてあげよう』
 
 そう、男は奏恵に言ったのだ。
祖母の知り合いだと言われたが、もちろん最初は奏恵も訝しんだ。いくら周囲から能天気だとか言われていても、それくらいの警戒心は持ち合わせている。
けれど、男の言葉に朱色に落ちた黒い影は地面に縫い付けられる。動こうとはせず訝しむ奏恵に、その男は静かに続けた。
 
 
『私が怪しいのは仕方ない。私を信じなくてもいいだろう。
だが、お嬢さんの願いを叶える方法は、お嬢さんの信頼する人が持つ本に書かれているんだよ。
その本を読んでみたくはないかな?』
 
 
 まるで歌うように喋る男の顔は、気味の悪い人形のような笑顔を張り付けたものだった。どこかでこんな顔を見たことがあるな、と奏恵は頭の端っこで思い出そうとするが、それは男の言葉に遮られて上手くはいかない。
 
『キミのお爺さんが隠し持っている、青い本を探しなさい。そこにお嬢さんの願いを叶える方法、魔力を高める方法が書いてあるよ』
 
 動けないならばボンヤリと男の言葉を聞き流そうとしていた奏恵の瞳が、その男の言葉に興味を示す。
祖父は奏恵にとっても信頼出来る親代わりだ。男の言葉は信じられないが、その本の持ち主が祖父ならば話は変わってくる。
 
興味を示した奏恵に向かって、男は笑みを更に濃くする。
 
『試しに書斎に入れてもらうといい。きっと、お爺さんはキミに本を見せたくなくて、イヤがるだろうから』
「なんで私に見せるのイヤがるの?」
 
 初めて男の言葉に反応を示したのがお気に召したのだろう。不機嫌な奏恵を他所に、男は大層満足げに話を続ける。
 
『あの本は読んだ者の魔力を強くするんだ。お爺さんとお婆さんはキミにまだ子供でいてほしいんだよ。イジワルをしてるんだ』
「そんなことない!お爺ちゃんの書斎は誰も入っちゃダメだもん!
それにお爺ちゃんもお婆ちゃんも、そんな事 ―」
『本当に、そうかな?』
 
 自分に言い聞かせるように叫んだのに、男の言葉は容易にそれを遮ってしまった。
 
彼が怒鳴ったわけでもないのに、奏恵は自分の言葉を飲み込んでしまう。
違う、違うと心の中で何度も否定するのに、その言葉は音にはならなかった。そんな声にならない声を、男はとうとうかき消した。
 
『だってキミのお兄さんとお姉さんは、その部屋に入ってもいいんだろう?
 キミだけ仲間外れなんだよ、幼くて弱い魔法使いさん』
 


 
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咲宮 奏恵・律花・響
性別:
非公開
自己紹介:
響兄、律花姉と奏恵妹のゆるい日常日記だったり仮プレ置き場です。
たまに出てくる保護者兼、PLは「嘉凪 さと」と言う謎の人物。

TW2、TW3にも同背後がいますが、そちらからのリンクは現在は貼ってません。

■無用なヒント
TW2:背後の名字と同じ姉弟、忍者な女の子、引退した人
TW3:おっさん、天然元気女子、麗人騎士王子、あっさり系姉さん

TW4>>TW2>TW3の頻度で遊んでるはずです

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